ぶしどうマネジメント

経営コンサルタント

商  号 有限会社ぶしどうマネジメント
創  業 1997年1月1日
 設  立 2005年5月11日
主な事業 中小企業向け経営診断・指導、経営セミナー開催
増販・増客コンサルティング
代表者 濱 本 克 哉
所在地 福岡県福岡市城南区樋井川1−21−24−102
TEL・FAX 092−861−2088
URL サイト名:現役中小企業診断士の勉強部屋 
http://www.bushidoman.com/
E−Mail hamak@bushidoman.com

コンサルティング・経営診断実績(80社程度) 

ほとんどが幹部教育(理念・戦略策定、経営計画書の作成と進捗管理等)と増販増客コンサルティングです。地域は今のところ西日本です。

小売業

ドラッグストアチェーン(15店舗)、メガネチェーン(4店舗程度保有を2社)、書店(大手のFC店)、中古車販売店、酒販店、健康食品チェーン(20店舗)、その他

卸売業

電材(売上50億)、教材・IT関連(売上6億)、パチンコ景品(売上6億)、その他

サービス業

飲食店チェーン(40店舗)、クリーニングチェーン(80店)、老人ホーム、回転寿司(大手のFC店3店舗)、小僧寿し(FC店50店舗)、建設コンサルタント3社、不動産業、エクステリア工事業、温泉旅館、その他

セミナー・研修実績 (100回以上)

テーマ

おもに ・経営者、幹部教育  ・営業力強化、増販増客関連

(最近のもの)「後継経営者のための帝王学」「経営革新のためのビジネスプラン作成」「新任営業担当者パワーアップ研修」


* プロフィール *

こんにちは。勉強部屋管理人濱本克哉です。

このページにお越しいただき、まことにありがとうざいます。

ちょっと長いですが、お暇でしたらお読みください。自己紹介します。

ついに写真を入れてしまいました。もう悪いことができない?

 では、はじめます。

 私は、長崎市内に生まれ、高校まで長崎市内で過ごした。

 その後、大学で兵庫県西宮へ、在学中に尼崎に引越した。

 大学時代には軽音楽の同好会でロックバンドで歌を歌っていたが、今は見る影も無い。^_^;

 就職で三重県名張市のジャスコへ勤め、牛乳を運ぶという肉体労働に1年で音を上げて、辞め 

 た。そのとき無職のまま結婚、宝塚市で新生活。3ヶ月間新妻に働いてもらい生活したが、この

 とき主夫は向いていないと痛感。小説家を目指すも一行も書けず、神戸・大阪で学習塾の講師

 となった。

 半年で神戸へ引っ越し、その後1年半後に大阪府の豊中市へ引越し。

 国語・社会・英語を小・中学生に教えつつ、教師はリーダーシップが必要と悟った。

 学習塾勤務で5年間、女性と子供だけを相手に仕事をしていて、いつのまにか企業で働いてい

 る男性に気後れするようになり、このままではいかんと退職。しかし、この学習塾(大阪の類設

 計室という。もともとは設計事務所であった。)は、経営に関する考え方が非常に優れており、

 理念・戦略・戦術・管理などを学ぶことが出来たのが、後に役に立つことになる。

 3ヶ月間、アメリカのカリフォルニアにある妻の親戚の家に、妻と子供2人を連れて居候した。

 アメリカではアダルト・スクール(エッチな学校ではない。アメリカに移民してきた人たちが働ける

 ように、英語やパソコンを学習する学校)に通い、ブラジル人・インド人・中国人など様々な国の

 人々とクラスメイトになった。これも貴重な経験だった。

 日本に帰ってきて、大阪で外国人のための日本語教科書を作る出版社に勤務し、日本語学校

 や大学向けのルートセールスにたずさわる。ちょっと給料が少なくて生活が苦しく、1年で退職。

 いつしか独立志向が強くなっていた私は、学習塾の経験から、「子供の問題は、すなわち大人

 の問題だ。日本の教育を立て直すためには、大人の教育をする経営コンサルタントになろう。経

 営コンサルタントならば独立もしやすいに違いない」と考えた。

 【ここから経営コンサルタントです】

 そして、コンサルタント会社日本LCAの、あるフランチャイジーに入社し、経営コンサルタントと

 し
て第一歩を踏み出した。31歳になったばかりの平成4年10月のことであった。その後1年も

 経たないうちにその会社の経営状態が一時的に悪くなり、日本LCAさんから広島のコンサル

 ティング会社を紹介されて、そちらへ移った。妻と子供3人を連れての引っ越しだ。

 広島では約3年間に渡り、企業に対する経営指導に従事した。理論通りにはいかないことを教

 えられた。経営とは結局は人がやること。どんなに正しい経営理論も、実行する人の意思に大

 きく左右される。

 そして、1997年1月に独立。ある社長から「資格をとった方がいいよ」と言われるなどして、やは

 り会社の看板は大きかったことを知る。ただのフリーのコンサルタントでは、相手は不安がるの

 ではないかと思い、その年、必死で勉強して、中小企業診断士試験に合格した。

 2000年1月、「孫子の兵法」においておそらく日本では随一の佐野寿龍(さのとしろう)先生

 出会った。この後2年以上にわたって教えを受けさせていただいた。「自分の頭で徹底的に考え

 よ」。このことの大切さを繰り返し繰り返し教わった孫子の兵法は体系的に学ばなければ、「生

 兵法は怪我のもと」になることも理解できた。

 2002年1月、企画塾の高橋憲行先生に出会った。先生が主催されている日本マーケティング

 マネジメント研究機構に参加して、マーケティングにおいては現代の孫子と思えるほどの緻密な

 プロセス設計とツールの製作に驚く。

 私自身は、孫子・マーケティングを勉強しながらも、経営幹部に情熱を生じさせる思想としては、

 儒教の四書(大学・論語・中庸・孟子)を中心としたものがよいと判断した。明治維新を成功させ

 た志士達の情熱は、そのバックボーンとしては儒教が最も大きい。義(=正しさ)のためには命

 をも惜しまなかったのは、「義を見て為さざるは勇無きなり」という言葉を始めとした儒教の教え

 が徹底して身に付いていたことによる。価値判断基準を、損得から義か不義かに変えていかな

 ければ、本当のエネルギーは沸いてこない。

 さて、福岡をはじめとした金融機関のセミナー講師を行ううちに、福岡の仕事が多くなり、移転を

 決断。2001年3月に福岡へ引越し。

 2003年1月よりホームページ開設。メールマガジン、

 「日経MJに見るマーケティングの戦略・戦術」(読者数3万9千名)

 を平日毎日、執筆している。

 2005年5月、有限会社ぶしどうマネジメント設立。
     6月、マーケティングサポーターズクラブ(MSC)発足、主宰。会員数約90名。
     同月、『経営コンサルタントになって独立・開業 年収1000万円を稼ぐ!』(すばる舎)
     を出版。

 2006年1月より2007年5月まで、福岡にて天神増販塾開催。

 ※2006年8月 ドリームロード代表 桜井道子さんから受けたインタビュー内容
   ⇒ ココをクリック

 2007年11月より、九州大学にて留学生に日本ビジネスを指導中。

 2008年いよいよ中国進出か?


名 前

濱本克哉(はまもとかつや)

年 齢

46歳

住んでいる所

福岡市

出 身 地

長崎市

出 身 校 ・ 学 部

関西学院大学 文学部 日本文学科

仕 事

経営コンサルタント(中小企業診断士)。

1997年に独立してから、10年が経過しました。

専門分野:幹部教育、増販コンサルティング

所 属

社団法人 中小企業診断協会

日本マーケティングマネジメント研究機構(JMMO)

やりたいこと

武士道経営の実践と普及、独立開業支援

理 念

順其自然(自然のままに)

家 族

妻1人、子供4人(男3人、女1人)

趣 味


読書。歴史小説、ビジネス本など。

自 慢

サイトを毎日更新していること(盆と正月、ゴールデンウィーク以外)。


現役中小企業診断士の勉強部屋 マーケティング資料室ホームへ