京都ちどりや、chidoriyaに変身


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執筆者:中小企業診断士 濱本 克哉

 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 2003年7月19日 〓〓〓〓〓〓 

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 ◆◆◆ 日経MJに見るマーケティングの戦略・戦術 170号 ◆◆◆

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    〜〜〜【マーケティング 今日のポイント】〜〜〜
          知識・情報は単なる材料。
       情勢判断力があってこそ材料を生かせる。
  
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ━━━━━━━━━━ 2003年7月19日付日経MJ1面より引用 ━━━

 ■京都・清水寺にほど近い洋装店「京都ちどりや」。

 ■第二の創業は1999年、二女・朋美さんの思いつきから始まった。

 ■朋美さんは、米国で商業写真のメーキャップアーティストなどとして
 活動していたが、「形のないものを売るのは性に合わない」「周りに肌
 のことで悩んでる人がたくさんいはる。日本の優れた素材を使った化粧
 品をつくったらどやろか、と」考えたとのこと。

 ■98年、リネンや化粧品などの展示商談会で家族経営の小さな化粧品メ
 ーカーに出合い、製造委託を決意。翌99年にチドリヤコーポレーション
 を米国に設立した。折しも欧米では和ブーム。つばき湯やユズ湯、丹波
 産の小豆など日本の原料を使って、最初は500個レベルから発注。

 ■99年の展示商談会に「chidoriya」ブランドとして出品したところ、
 15社が扱いたいと来た。当初の商品は油取り紙、洗顔せっけんなど10品。
 毎年商品を拡大し、今ではかんざしやツゲぐしなどを含むと100種類を
 超える。欧米での評価を受け2年前、バーニーズの日本法人と伊勢丹の
 バイヤーから取り扱いの打診があり、日本への逆輸入が始まった。

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  ナルホド、ナルホド … ピンと来た!(^o^)
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 ●99年に設立したばかりの会社の商品が、ブランドと呼ばれるところが
 ミソですね。ブランドとは「商標」とか「銘柄」という意味ですが、通
 常、確かな品質により長く人々に愛されてきた歴史を伴っているという
 イメージがあります。

 ●長く継続しているからこそ、人は信頼するのです。ここ数年、特に食
 品メ−カーでその信頼を失ってしまった企業が相次ぎましたが、事件や
 事故のニュースが流れるまでは、その会社のマークを見たら、心の中に
 「あー、あれね」と安心感とともにイメージがわいていたはずです。

 ●二女の朋美さんが化粧品を製造・販売し、成功したわけですが、これ
 を日本で始めていたら、簡単にはいかなかったでしょう。私も今まで数
 多く「良い化粧品」の話は聞きましたが、もう聞き飽きた感じです。仮
 に「ちどりやの化粧品がいいらしい」と聞いても、よほど変わった点が
 無ければ聞き流してしまうかもしれません。

 ●今回成功したのは、欧米が和ブームであり、日本の素材を使った化粧
 品というだけで欧米人に受け入れられやすかったという背景があります。
 例えば健康ブームの日本では、テレビで「ルイボスティ」がいいと報じ
 られれば、ドラッグストアなどで問い合わせが殺到しますが、ルイボス
 ティを普段飲んでいる現地の人にとってはめずらしくも無い物ですよね。

 ●さらにパッケージデザインにおいて、日本のものをそのまま出さず、
 欧米人に受けるようにアレンジできたことが大きかったようです。日本
 人がアメリカの漫画を見て違和感を感じることがあるように、アメリカ
 人も日本のものをそのままでは受け入れがたい部分があるでしょう。朋
 美さんは、その点をよく理解していました。

 ●このように朋美さんは、長年アメリカで仕事をしてきたことで、まさ
 に「地の利」を生かすことができました。これは、「アメリカで日本の
 素材を使った化粧品を作れば売れる」という知識・情報を得ているだけ
 で実現できることではありません。この情報を活用するためには、どん
 なデザインが受けるかということについての判断力が必要です。

 ●朋美さんの感性を具現化できる、姉延さんと弟修嗣さんの存在も大き
 いですね。幼い頃からともに、和小物の設計などもしていた父のもとで
 クリエーターとして育ったことが、その背景にあります。ツーカーの関
 係でしょう。

 ●そして、欧米でヒットした商品を逆輸入して日本で売る際、もともと
 「ちどりや」は1949年に京都で生まれたという長い歴史も日本人に訴え
 かけて信頼を醸成し、他の日本で売られている「良い化粧品」とは一線
 を画す「ブランド品」となることができます。

 ●この事例では、1つのブランドを生み出すのに、「アメリカ発」にし
 たこと、姉弟のもつ技能を上手に組み合わせたこと、「京都ちどりや」
 という歴史を持った屋号を使ったことがポイントです。商売人の子供は
 はやり商売の勘所を押さえているということではないでしょうか。

 ――――――――――――― 今日はここまで (^o^) ―――――――

 ■■■ちょっと一言

 こういう記事は、つい「親子兄弟、力を合わせてうまくいったんだ、よ
 かったなぁ」などとひとつの読み物として読んでしまいそうになります。
 でも、やっぱりきちんと考えられた戦略がありますよね。そこを読みと
 るようにしなければなりません。

 全く違うものが組み合わさって、新しいものが生まれます。私はやはり
 若いうちに海外で暮らすという経験をしておく方がいいと思いますよ…。
 海外にいてこそ、日本の良さも悪さもわかりますからね。インターネッ
 トも発達しているし、海外に住んでこの「日経MJに見る〜」を配信す
 るのも面白いかな、などと考えている今日この頃です。ちょっと無理か。

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